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yunosatodays

北海道ニセコ山麓、廃校の木工房。湯ノ里デスクの田代がお届けする、モノ作り&山暮らし通信です。

北の国へ・・・3

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1994年の4月、

富良野塾の試験に落ちてから2ヶ月後、

僕は北海道在住の彼女と二人で、登別のクマ牧場にいた。

 

山上にあるクマ牧場へは、

麓の温泉街からロープウェイで着く・・。

 

東京の春とはまた違う、ぼんやりとした感じの気候で、

頭上には淡い色の青空がどこまでも広がっていた。

 

 

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落選後の2ヶ月間を、僕は東京で、

なんとも冴えない気分で過ごした。

 

普段通りに生活し、仕事をこなしながらも、

胸の中に何か、うすくモヤがかかっているような感じだった。

 

 

 

1年半前に屋久島で出会った彼女とは、

北海道を旅するごとに会っていた。

一般に言う、遠距離交際であった。

 

だから彼女は、

僕が北海道に移り住みたい・・と思い始めた経緯も、

富良野塾を目指した経緯も、

すべてを同時進行で知っていた。

 

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作家の倉本聰さんが主宰する富良野塾は、

役者とシナリオライター育成のための、

倉本さんの私塾だ。

 

2年間、授業料は一切かからない。

そのかわり、塾生は春先から晩秋にかけ、

富良野の農家の出面に出て、必死に生活費を稼ぐのだ。

 

もちろん、卒塾後の保証など何もない。

何もかもが自力で、自己責任で道を切り開くしかない。

 

そんな無茶な富良野塾なのに、

毎年の募集に全国から何百人という男女が志願する、

非常に狭き門なのであった・・。

 

 

自分が仮に合格し、2年間修行をしたとして、

その後は具体的にどうするのか、

そこまでのプランは、受験前には描けていなかった。

 

ただし、

プロの役者として食っていくのは、そうとう難しいだろうなぁ

・・ということだけは、予測出来た。

 

何かしら生活の仕組みを、

自分なりに考えるほか無いだろう・・

そうんなふうに、アバウトに考えていた。

 

ただ、

自分の青春(…当時26歳)を掛けてみるだけの価値が、

あると信じていた。

 

 

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そのようなことも含めて、

僕は北海道で彼女と会うたびにいろんな話をした。

 

東京からは電話ボックスで、テレホンカード必須で、

長話しをしていた・・。

 

 

・・ が、しかし、

結局僕は、入塾試験に落ちてしまった。 

 

思い切って登り始めた階段が、

ぷつりと途切れてしまった ように感じられた。

 

 

何度でも挑戦するのが「役者」の道だろう!

・・という思いとは裏腹に、

最初の一発で見いだされなかったのは、

素質が弱い・・ということじゃないの??

という、気弱な思考が拭いきれなかった・・。

 

 

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あいまいな気分のまま訪れた北海道は、

大型連休前のハンパな時季のせいか、

全体にゆったりと、穏やかに感じられた。

 

彼女と一緒に訪ねたクマ牧場も、

観光客の姿はまばらで、ほのぼのと、

のんびりムードが漂っていた・・。

 

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その時に突然、ふと感じた。

 

やわらかい陽射しの中で、

ぼんやりとクマたちの様子をながめていた時に、

その真新しい気分は、ふいに僕の胸の中に現れた。

 

 

自分ひとりで追いかける夢は終わったなぁ・・

 

という、不思議にさっぱりした感覚が、

なぜだか突然に、胸の中で広がりはじめたのだ。

 

それまで胸の内を覆っていた、うすい灰色の膜が、

パラパラとはがれ落ちていくようだった・・。

 

 

クマ牧場からの帰り道、クリアになった頭の中で、

僕は一つのことを考え続けていた。

 

 

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彼女が当時乗っていたクルマ、

ホンダ・インテグラを運転させてもらいながら

僕が考えていたのは、

 

自分ひとりで追いかける夢はもう終わり。今度は、

ふたりで追いかける夢を見つけられないかな

・・ということだった。

 

 

登別から札幌方面へと向かう高速道路を、高速走行中、

僕はふいに助手席の彼女に、

俺と結婚してください・・と言っていた。

 

なぜそのタイミングなのか??

高速運転中のその状況下で、断られたら一体どうなるのか??

・・まったく考えていなかった。

 

とりあえず、

よい回答をもらえたので良かったけれど・・。

 

 

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そう決めたのなら、とっとと結婚しよう

・・ということで、

その後、僕らは話を進めていったのであった。

 

 

そして、僕が東京へ戻ってから、

まるでタイミングを計ったかのように!

一冊の本が発売された。

 

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インターネットが無かった時代、

僕が働いていた「書店」という職場は、

最新の情報をキャッチするのにうってつけであった。

 

1994年6月、

TBSブリタニカから発売されたこの本、

「北の大地に移り住む」は、

<北海道で生活するための完全マニュアル>と副題にある通り、

それまで類を見ない、画期的な情報誌だった!

 

僕はこの本を隅から隅まで、

それこそ、穴があくくらいに読み込んだ・・。

 

富良野塾や役者のことは、僕の中でほとんど終わっていた。

 

その本には、

いくつかの企業の採用情報までが紹介されていて・・

「転職」という通常的な考えを、ようやく僕は持ち始めていた。

 

そこで僕は、

本に紹介されている中の、ある新進の IT企業に関心を持ち、

採用についての問い合わせの電話をかけてみた・・。

 

(つづく)